「燃え上がる空」の下で
その光景を言い表すのにふさわしい単語は何でしょう。日暮れでもなく、夕暮れでもなく、黄昏でもない、強いて言えば「夕燃え」あるいは「空燃え」でしょうか。どうもしっくりきません。
それはそれとして、まさに「空が炎上する」という表現がふさわしい夕方の空は、いつもいつもあるものではありませんが、それでも時々見られる光景ですから、その光景を一言で表現する単語があってもいいはずです。
文章を書くことで何かを伝えることを生業としている人たちなら、そんな気象現象を前にして「これを表す単語がない、作らなければ」と思うはずです。だからきっとあるのでしょうね。すでに古典文学や純文学の中にはそんな単語が使われていて、それを僕が知らないだけなのでしょう。自分の無知を曝け出しているようで、お恥ずかしい限りです。
それにしても凄まじい光景でした。見ていて怖くなるほどの「空燃え」です。天変地異の予兆ではないかと不安感を感じるほどです。そんな事はあるはずもないのですが、科学的な知識のない古代人なら、そこに何か「超越者」の意思を感じるのではないでしょうか。
あの紅蓮の炎に焼き尽くされている様な空の向こうには普通の夕焼け空があり、その向こうには青空や曇り空があり、もっと向こうには夜空が広がっている事はわかっていても、あの輝きの中には、そんな日常的な空間とは違う「異世界」が出現しているに違いないと思ってしまうのです。
というわけで今、この文章を書きながらパソコン画面に「夕燃え空」の写真を表示しているのですが、あの時に感じた衝撃はどこかにいってしまっています。画面の大きさも問題なのでしょう。僕のパソコンは十九インチワイドです。でもこの画像を五十インチの大画面テレビで見てもあの威圧感が伝わってくることはないでしょうね。
最近、テレビを見ていると、テレビはあまり見ないけど…、デジタルになると画質が良くなるとか、ハイビジョンがどうだとか、ブルーレイがどうのとかいっていますけど、所詮平面ですから。画面の大きさだけが問題ではないんじゃないのでしょうか。
というわけで、「夕燃え空」の写真をパソコン画面に表示して、それを見た人の反応をみてみました。「きれいなのー」と一言。やはり「きれいな夕焼け空」になってしまっているのですね。パソコン画面上では。 (終)

